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時代を映す鏡

神保町にて。

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下は段ボールのケース。装幀は堀内誠一 非売品。

 

1985年に発行されたマガジンハウス社の社史。

今でこそマガジンハウスだが、私の知った時代は、平凡出版と称していた。

雑誌は時代を映す鏡でもあるし、ある種の自分史でもあるように思われる。

大学に入る頃に、「ポパイ」が創刊された。親元を離れる自由さの中、新しいものをもとめていた自分の気持ちにぴたりと沿う雑誌に魅了された、世界はこんなにも広いと(考えてみれば、それはアメリカということだったに過ぎないのだが……)。
その後、兄貴分の雑誌として「BRUTUS」が創刊され、そちらに移行した。

“大人”になるということを非常に意識していた時代だった。

今の時代は、“大人になる”ということを意識させない時代ではないかと感じるのは、既に感覚が鈍った“じじい”だからなのか。

井筒俊彦・井筒豊子

【叡智の詩学】

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批評家の小林秀雄と哲学者の井筒俊彦の相通ずるところを論じたもの。

同じものを観、同じことを語っていた。

井筒俊彦が若い時、アラビア語やイスラームを学んだ師にムーサーがいた。

このムーサーという大学者(ウラマー)がとてつもない人物だったようだ。

 

p.53

「神学、哲学、法学、詩学、韻律学、文法学はもちろん、ほとんどのテクストは、全部頭に暗記してある。だいたい千ページ以上の本が、全部頭に入ってしまっている」(20世紀末の闇と光)

ウラマーとは大学者のことで、学者は文献に頼らずとも、どこでも学問が出来なくてはならないとムーサーはいった。書物がなければ学問が出来ない。それではカタツムリではないかといって笑ったという。

 

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井筒俊彦の妻が井筒豊子。

中央公論社から小説集が一冊出ている。

その中の一編に、バフルンヌーン物語があるが、井筒と思しき主人公の青木とムーサーとのやりとりが書かれており興味がつきない。

その他の作品も読ませる「白磁盒子」、古本屋でもなかなか見かけない本。

翻訳文化

【翻訳文化】

今朝の朝日新聞、折々の言葉は、小林秀雄だった。

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現に食べている食物をなぜひたすらまずいと考えるのか。まずいと思えば消化不良になるだろう。

(小林秀雄)

翻訳文化と指さされようが、底の浅い文化と揶揄(やゆ)されようが、判断は今ここにあるこの文化のなかで芽生えさせるほかない。たとえそれが朽ちかかっていても。歴史の地べたではなく高みに立って、時代をさげすむだけ、自らもそれにまみれてきたことを掘り下げない批評がいかに空しいかと批評家は言う。「ゴッホの手紙」から。(鷲田清一)

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小林秀雄がゴッホの手紙を書くきっかけになったのは、昭和22年の泰西名画展覧会を見に行ったおり、喧噪と埃を避けて見ていた複製画のゴッホに出会ったことであった。

先の言葉の前の文章は、次のように書かれている。

悪条件とは何か。
文学は翻訳で読み、音楽はレコードで聞き、絵は複製で見る。誰もかれもが、そうしてきたのだ、少なくとも、およそ近代芸術に関する僕らの最初の開眼は、そういう経験に頼ってなされたのである。翻訳文化という軽蔑的な言葉がしばしば人の口にのぼる。もっともな言い分であるが、もっとももすぎれば嘘になる。近代の日本文化が翻訳文化であるということと、僕らの喜びも悲しみもその中にしかありえなかったし、現在もまだないということとは違うのである。どのような事態であれ、文化の現実の事態というものは、僕らにとって問題であり課題であるより先に、僕らが生きるために、あれこれののっぴきならぬ形で与えられた食糧である。誰も、ある一種名状しがたいものを糧として生きてきたのであって、翻訳文化というような一観念を食って生きてきたわけではない。あたりまえなことだが、この方はあたりまえすぎて嘘になるようなことはけっしてないのである。このあたりまえなことをあたりまえに考えれば考えるほど、翻訳文化などという脆弱な言葉は、凡庸な文明批評家の脆弱な精神のかかに、うまく納まっていればそれでよいとさえ思われてくる。愛情のない批判者ほど間違う者はない。

カレンダーに印刷された絵を画鋲でとめてあったり、絵葉書を額に入れてあったりすること、そのことをそれでもいいではないか、それでも絵を愛すること、目を楽しませることができるのであれば。小林秀雄のこの文章を読んで以来、胸に刻みつけてきた。

 

しかし、

「モナ・リザ」の前で、あるアメリカの婦人が「複製とそっくりだわ」とさも満足気に叫んでいるのを私はみたことがある。
「模倣と創造」池田満寿夫

とならなければの話だ。